韓国人がよく使うことわざ慣用句|適当に教える韓国語

韓国人って日本人よりもことわざや慣用句を使う気がします。

日本人ってそんなに会話の中にことわざや慣用句を使って話すことはないと思うんですが、韓国人と話してるとちょくちょく耳にしたりします。

個人的に何か聞いたことあるなーというのを書きたいと思います。

가는 말이 고와야 오는 말이 곱다

(カヌン マリ コワヤ オヌン マリ コプタ)

直訳すると、「行く言葉がきれいでこそ来る言葉がきれいだ」という感じでしょうか。

自分が他人に対して良い言動をしてこそ、他人も自分に対して良くしてくれるという意味ですね。

他人に対しては親切にしないのに、他人から良くしてもらうことを望んでいる人を諭すときに使う気がします。

고래 싸움에 새우 등 터진다

(コレ ッサウメ セウ ドゥン トジンダ)

直訳すると、「クジラのケンカでエビの背中が裂ける」ですかね。

強い者同士の争いで関係のない弱いものが被害を受けるという意味ですね。

고생 끝에 낙이 온다

(コセン ックテ ナギ オンダ)

直訳すると、「苦労の終わりに楽が来る」でしょうか。

大変なことや苦しい経験をした後には必ず楽しくて良いことが起こるという意味ですね。

공든 탑이 무너지랴

(コンドゥン タビ ムノジリャ)

直訳すると、「誠心誠意建てた塔が崩れるものか」という感じになるのでしょうか。

誠心誠意努力したことはその結果が絶対無駄にならないという意味ですね。

でも逆に、「공든탑이 무너진다」(コンドゥン タビ ムノジンダ)

「誠心誠意建てた塔が崩れる」…、つまり一生懸命頑張った努力が無駄になったという方で使う人が多いような…

금강산도 식후경

(クムガンサンド シクギョン)

直訳すると「金剛山も食後景」ですかね。

綺麗な金剛山も食後に見てこそちゃんと見れるという意味で、どんなに楽しいこともお腹がすいていては興味がわかないということですね。

遊ぶ約束をした友人と会った時や旅行先に到着した時に、まずは何よりご飯!って感じで使う気がします。

腹が減っては戦はできぬに近いかもしれませんね。

누워서 침 뱉기

(ヌウォソ チム ベッキ)

直訳すると「寝転んで唾吐き」ですね。

寝転んで上を向いて唾を吐くと自分に落ちてきます。

誰かを害しようとしたことがむしろ自分に害になるときに使いますね。

例えば、自分も同じことをしているのに誰かを厳しく批判する。それが自分に返ってくることになるかもしれないのに。そういう時に使うことが多いと思います。

よく政治家同士の批判でもありますね。ブーメランというやつです。

등잔 밑이 어둡다

(トゥンジャン ミチ オドゥプタ)

トゥンジャンというのは油で火をつけられるように作られた器の事みたいです。

ランプとかでしょうか。

そのトゥンジャンの下が暗いという事です。

日本語でいう「灯台下暗し」ですね。

말이 씨가 된다

(マリ ッシガ ドゥエンダ)

直訳は「言葉が実になる」ですかね。

これは、いつも言っていることが現実となった時に使いますね。

「씨」というのは実という意味ですが、何かの原因やきっかけみたいなのもです。それが生まれるという事ですね。

これは、何気なく言う事でも現実になるかもしれないから言葉には気を付けないといけないという意味です。

なので、悪いことを口にするのではなくて良いことやポジティブなこと口にしましょう。

自分は韓国語の授業中に冗談で何か死について発言した時に、先生に「言葉に気を付けましょう。言葉が実になりますよ。」と言われた覚えがあります。

발 없는 말이 천리 간다

(パル オムヌン マリ チョルリ カンダ)

直訳は「足の無い言葉が千里を行く」でしょうか。

言葉はすぐに広まるから言葉に気を付けましょうという意味ですね。

最近は特にSNSで一瞬で広まってデマでも拡散されますね。

話題のきっかけになる方も、噂を広める方も言葉には気を付けないといけないです。

세살 버릇이 여든까지 간다

(セサル ポルシ ヨドゥンッカジ カンダ)

直訳は「3歳の癖は80歳まで行く」ですね。

子供のころの癖は年をとっても直すのが難しいという意味です。

三つ子の魂百までですね。

悪習慣や悪い癖は早めに直さないといけません。

소 잃고 외양간 고친다

(ソ イルッコ ウェヤンカン コチンダ)

直訳は「牛を失ってから牛舎を直す」です。

「後の祭り」ですね。

何か良くないことがあってから直してもすでに手遅れで意味がないことです。

식은 죽 먹기

(シグン チュン モッキ)

直訳は「冷めた粥を食べる事」ですね。

つまりは、難しくなくとても簡単なこと、朝飯前という意味です。

십 년이면 강산도 변한다

(シムニョニミョン カンサンド ビョナンダ)

直訳は「10年なら山川も変わる」でしょうか。

10年という歳月が流れれば変わらないものはなくすべて変わるという意味です。

最近はほんの数年でも結構変わりますよね。

우물 안 개구리

(ウムル アン ケグリ)

「井戸の中の蛙」です。

日本の「井の中の蛙」と全く同じですね。

입이 열 개라도 할 말이 없다

(イビ ヨル ケラド ハル マリ オプタ)

直訳は「口が10個でも言う言葉がない」ですね。

間違いが明白で申し訳なく弁解の余地がないことです。

不祥事とかの謝罪で使ってる感じがします。


하룻강아지 범 무서운 줄 모른다

(ハルッカンアジ ボム ムソウン ジュル モルンダ)

直訳は「生まれて間もない子犬は虎が怖いことも知らない」という感じでしょうか。

「하룻」は動物が1歳になったことを指す韓国の昔の言葉らしいです。

経験がなく未熟なものが相手が誰かも知らずむやみに飛び掛かることですね。

ふぅ…ちょっと多かった…

これ書くのに結構時間がかかりました(笑)

それでは。

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てちゅんさるじゃ